ケネス・ヘーゲンが異端と言われる文

   ヘーゲンが異端と言われる「霊的死」の文

        世界的聖書教師、ケネス・ヘーゲンが異端と言われる文

☆霊的死についての説明が「イエスの御名」の3章にあり、この「イエスの御名」は私たちが翻訳し、信仰ミニストリーから出版したものです。下記です。

第3章 (その御名を)相続した           
ヘブル1:1 神は昔先祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、又、いろいろな方法で語られましたが 2 この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。3 御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力ある御言葉によって万物を保っておられます。又、罪のきよめを成し遂げて、優れて高い所の大能者の右の座につかれました。
 4 御子は、御使いたちよりもさらに優れた御名を相続されたように、それだけ御使いよりもまさるものとなられました。 5 神はかつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「あなたは、私の子。今日、私があなたを生んだ。」またさらに、「私は彼の父となり、彼は私の子となる。」 6 さらに、長子をこの世界にお送りになるとき、こう言われました。「神の御使いはみな、彼を拝め。」
エス様は「御使いたちよりもさらに優れた御名を相続された」のです。彼は天上に存在するどのようなものよりも偉大な名を相続されたのです。
息子として、彼は全てのものの相続人なのです。彼は「神の本質の完全な現われです。彼は父なる神の「輝き」あるいは他の訳では「より優った強い光」です。
 彼は私たちに語りかけている神です。そして彼は「さらに優れた御名を相続された」のです。いつ彼はそれを相続したのでしょう? 彼はこの地上に来られる前、天においては、何も相続されませんでした。なぜなら彼は全てのものを持っておられたからです。
 彼はそれを地上に来られた時相続されたのではありません。なぜならビリピ人への手紙の中では全ての誉れと栄えとを捨てられたとあるからです。(ピリピ2:6〜8)
彼はいつこの名を相続されたのでしょうか。次の聖句にその答えをつかむ手がかりがあります。

ヘブル1:4 御子は、御使いたちよりもさらに優れた御名を相続されたように、それだけ御使いよりも優るものとなられました。 5 神はかつてどの御使いに向かって、こう言われたでしょう。「あなたは、私の子。今日、私があなたを生んだ。」
 この箇所は私たちに、いつ彼がさらに優れた名を相続したかを教えてくれます。それは神様が彼にこう言われた時です。「あなたは、私の子。今日、私があなたを生んだ。」今日です! それがこの事の起こった日です。―彼が生まれたその日です。
 イエス様はいつ生まれたのでしょう? ほとんどの人たちは彼がベツレヘムで赤ん坊としてこの地上にやってきた時に彼が生まれたのだと思っています。いいえ!違います!
 神の子は彼が肉体をとった時に生まれたのではありません。神は父と共に初めから存在しておられたのです。彼はただ肉体をとられただけです。
 
ヘブル10:5ですから、キリストは、この世界に来られて、こう言われるのです。「あなたは、いけにえや捧げ物を望まないで、私の為に、体を造って下さいました。
 彼は、この地上に来られた時に生まれたのではありません。彼は天の父と共に初めから存在し、いつもおられたのです。(私が言いたい事は次の聖句の括弧の中に入れた言葉です。)

ヨハネ1:1 初めに、言葉があった。言葉は神と共にあった。言葉は神であった。14 言葉〔それは既に存在しており、生まれる必要はありませんでした。〕は人(K.J訳では肉)となって、私たちの間に住まわれました。

 いいえ、「あなたは、私の子。今日私があなたを生んだ。」というのは彼が肉体をとられた日の事を言っているのではありません。それではそれはどの日の事でしょう?

使徒13:33 神は、イエスを甦らせ、それによって、私たち子孫にその約束を果たされました。詩篇の第2篇に『あなたは、私の子。今日、私があなたを生んだ。』と書いてある通りです。
 イエス様が生まれたのはいつですか。それは彼が甦られた時です!あの復活の朝です!
 彼はなぜ生まれる必要があったのでしょう。それは彼が私たちと同じようになって神から切り離されたからです。彼が全ての人の為に霊的な死を味わわれたからです。彼の霊、彼の内なる人が私たちの代わりに地獄に行かれたのです。

ヘブル2:9 ただ、御使いよりも、しばらくの間、低くされた方であるイエスの事は見ています。イエスは、死の苦しみのゆえに、栄光と誉れの冠をお受けになりました。その死は、神の恵みによって、全ての人の為に味わわれたものです。
 肉体的な死は私たちの罪を取り除くことが出来ません。彼が全ての人の為に死を味わわれたというのは霊的な死の事です。 
※肉体的十字架の死ではなく、神様との分離、霊的な死です。
 イエス様は新しく生まれた最初の人です。なぜ彼の霊は生まれ変わらなければならなかったのでしょう。なぜなら彼は神から引き離されたからです。イエス様が十字架上で何と叫ばれたか覚えていますか。「わが神、わが神。どうして私をお見捨てになったのですか。」

<聖書的死>
 多くの人々は死の事となると聖書で言っている意味を知らないのです。聖書に書いてある死というのは決して存在しなくなるという事ではないのです。決してそうではありません! 
 聖書の中にはいくつかの種類の死について書かれていますが、私たちが覚えておかなければならない三つの種類の死があります。すなわち(1)霊的な死、(2)肉体の死、(3)永遠の死(又は第二の死―火と硫黄の燃える池に投げ込まれる事) 
霊的な死とは何でしょう。それは霊的な命の反対です。それは存在しなくなるという事ではありません。
 エペソ2:1にはこうあります。「あなた方は自分の罪過と罪の中に死んでいた者」―これは新しく生まれる前の私たちの事です。―「を生かし」(エペソ12:5)
 パウロはテモテに生きてはいても死んだ人々について語っています。(Ⅰテモテ5:6)彼は、それらの人々が存在しなくなったとは言っていません。 
※神様と分離、断絶している。
 私たちが罪人の事について、霊的に死んでいるというのはその人の霊が存在しないという事ではありません。彼の霊は存在します。そして永遠に存在します。なぜなら、人間のその部分は―その人が救われていても、救われていなくても―神に似せられているからです。人間というのは永遠に存在する霊です。(そして魂を持っています。)しかし、罪人の霊は神との交わりがなく、神との関係が断たれているのです。
 神様はアダムに善悪の知識の木についてこのように言われました。「善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるその時(K.J訳in the dayその日の内に) あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:17)
 神様は肉体的な死について言われたのではありません。なぜならアダムは肉体的にはその日の内に死ななかったからです。しかし彼がそれを食べた瞬間に、彼は霊的に死んだのです。それはアダムが存在しなくなったという事ではありません。それは瞬間的に彼と神との交わりが断たれ、神との関係が切れてしまったという事です。
 アダムはそれまで神と共に歩き、神と共に語り合い、神がアダムと親しく語り交わろうと一日のうちの涼しい時間におりてこられましたが、彼は見つかりませんでした。彼はアダムを呼んで言いました。「アダム、あなたはどこにいるのか。」アダムは答えました。「私は…恐れて、隠れました。」なぜでしょう。彼が罪を犯したからです。
 罪が彼を神から引き離してしまったのです。霊的な死とは神から離れる事を意味しています。アダムが罪を犯した瞬間に、彼は神から離れてしまったのです。
 霊的な死は、神から離れるという以上の意味を持っています。霊的な死とはサタンの性質を持っているという事をも意味するのです。イエス様はパリサイ人たちにこう言われました。「あなた方は、あなた方の父である悪魔から出たものであって、あなた方の父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立っていません。彼の内には真理がないからです。彼が偽りを言う時は、自分に相応しい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。」(ヨハネ8:44)
 パリサイ人たちはとても宗教的でした。彼らは安息日には会堂へ行きました。彼らは祈り、十分の一を献げ、断食し、多くの立派な行い、善行をしました。―しかし、彼らはキリストについて偽り彼を殺してしまいました。イエス様は彼らは悪魔の子だと言っておられます。―彼らは悪魔の特質を持っていたのです。
 人が新生するならその人は神の性質を受けるのです。―それは命と平安です。悪魔の性質は憎しみと偽りです。
 イエス様は全ての人の為に死―霊的に死―を味わわれました。罪というのは肉体的な行為以上のものです。それは霊的な行為です。彼は私たちが彼が今そうであられるようなものになるために、私たちがかつてそうであったようなものになられたのです。(私たちが霊的に生きたものとなる為に霊的に死んで下さった。)

Ⅱコリント5:21 神は罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって神の義となるためです。
 イエス様は罪となられました。彼の霊は神から離れたのです。そして彼は私たちの代わりに地獄に下られました。ペテロがペンテコステの日に、主イエス・キリストについて語った説教の言葉に注目して下さい。「あなたは私の魂をハデスに捨て置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである。」
私はこのペテロのメッセージを全部読まれるようにお勧めします。彼は詩篇16:8〜10においてダビデは実に神の霊によって預言しているという事実を伝えています。

使徒2:25ダビデはこの方について、こう言っています。『私はいつも自分の目の前に主を見ていた。主は、私が動かされないように、私の右におられるからである。26 それゆえ、私の心は楽しみ、私の舌は大いに喜んだ。さらに私の肉体も望みの中に安らう。27 あなたは私の魂をハデスに捨て置かず、あなたの聖者が朽ち果てるのをお許しにならないからである。』29 兄弟達。先祖ダビデについては、私はあなた方に確信をもって言う事ができます。彼は死んで葬られ、その墓は今日まで私たちのところにあります。 30 彼は預言者でしたから、神が彼の子孫の一人を彼の王位に着かせると誓って言われたことを知っていたのです。31 それで彼の事を予見して、キリストの復活について、『彼はハデスに捨て置かれず、その肉体は朽ち果てない。』と語ったのです。
 パウロ使徒13:33で同じことについて語っているのです。

使徒13:33 神はイエスをよみがえらせ、それによって、私たち子孫にその約束を果たされました。詩篇の第2編に、『あなたは、私の子。今日、私があなたを生んだ。』と書いてある通りです。
 ペテロもパウロも同じ事について言っていたというのは明らかです。
 あなたはこの事実を理解するまで、イエスの御名の権威を理解する事はできません。イエス様は苦しみの牢獄に下り―地獄そのものに下り―私たち一人一人の為に義の要求を満たして下さいました。なぜなら彼は私たちの身代わりとなって死なれたからです。
 天におられる神様は言われました。「それで十分です。」そして神様はイエス様を甦らせました。神様は彼の霊と魂を地獄から引き上げられたのです。―神様は彼の体をお墓から甦らせました。―そして言われたのです。「あなたは私の子。今日、私があなたを生んだ。」
 どの日ですか? 彼が生まれた日です。彼が甦った日です。それならその日こそ、彼がさらに優れた御名を相続された日です!

☆以上、「イエスの御名」の私たちが翻訳したものから抜粋しました。
 この箇所の発言がケネス・ヘーゲンは異端であるとの批判となっています。
 もう一度、モリエル・ミニストリーご指摘の異端の文をコピーします。

☆モリエル・ミニストリーより、ヘーゲンの異端の文をもう一度検証します。
「イエスは霊的に死んだ」信仰のことばの教え
「信仰のことば運動」とは、十字架よりも奇跡やお金を強調するペンテコステ派やカリスマ派の一部で好まれている運動です。この信仰のことば運動には多くの側面がありますが、これを広めている人たちは全員間違ったひとつ教えに賛同しているようです。「イエスは霊的に死んだ」というものです。
<偽りの教え>
有名な“繁栄の福音”の教師たちによると、イエスは十字架上でご自身の働きを完成されなかったといいます。「イエスはサタンの性質をご自身に受け、地獄に行き、そこで三日間苦しみを受けた。その後イエスは地獄で新しく生まれた。その後に悪魔を滅ぼし、御父の元に戻った」というのです。以下の引用はこの考えを裏付けています。
―引用―
ケネス・へーゲン
『霊的な死とは神から離される以上の事を意味する。また霊的な死はサタンの性質を持つ事をも意味する…イエスは死――霊的な死――を全ての人の為に味わわれた』K. Hagin, The Name of Jesus, 1981) p.31.
『永遠のいのちを受ける事が、私たちの内に神の性質を受けるのと同じように、霊的な死とはサタンの性質を受ける事を意味する』
K. Hagin, Redeemed, Tulsa, OK, Faith Library, 1966, p.29
『彼(イエス)は全ての人の為に霊的な死を味わわれた。そして彼の霊と内なる人は私の代わりに地獄に行かれた。分かるでしょうか。肉体的な死はあなたの罪を取り去りはしない事を!彼は死を全ての人の為に味わわれた。彼は霊的な死について語っておられた』(How Jesus obtained his name tape # 44HO1 side 1)

☆これがヘーゲンが異端と批判した文なのですが、私は正直にこの事が問題である事すら気付きませんでした。確かにこの文は1984年に私たちが翻訳した文で、信仰ミニストリーズに差し上げ、出版していただいたものです。

 従って、これが異端であるなら、私にその責任があります。しかし、この文を読む限りにおいて、聖書の正しい解釈をしているのではないのでしょうか? ヘーゲンは御言葉を上げて、説明しています。
 私にはこれが異端と言う意味が今の所良く分かりません。異端なら永遠の命はなく、地獄に行くと言う事を意味しています。誰かこのどこが異端なのか、是非文としてお送り下さい。私には今のところでは分りません。
 これは永遠の命がかかっている大切な問題です。
 とりあえずは私のブログにモリエル・ミニストリーの異端の文を掲載しました。しかし、私自身は元々、チャーチオブゴッドの教団で救われ、十字架の死による贖い、血による罪の許しを43年間信じ続けて来て、このような細かい事はあまり気にしていませんでした。
 しかし、異端ならそれは大変な事で地獄を宣告されたのです。
 誰でも良いですから、私に分るような文をお送り下さい。ぜひ、ブログに掲載したいと思います。全国に誤らなければならなくなりました。
 私にとっては鳩にマメ鉄砲です。
ご連絡いただきましても、ご返事できるかどうかは分りません。
私のメール・アドレスは次の通りです。Stngfay3231@ma.pikara.ne.jp

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10.11.5日  主のしもべ faith_hoshino