地獄の現実。地獄を見たコロンビア人

地獄を見た7人のコロンビア人 Ⅰ

イエス・キリストは7人のコロンビア人一同を天国と地獄に連れて行かれた。天国の栄光・地獄の悲惨に関する彼らの証言をお読みください。

地獄の啓示 (最初の証言)
ルカによる福音書16章19説)ある金持ちがいた。いつも紫の衣や麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。ところが、その門前にラザロという全身できものだらけの貧乏人が寝ていて、金持ちの食卓から落ちる物で腹を満たしたいと思っていた。犬もやって来ては、彼のできものをなめていた。さて、この貧乏人は死んで、天使たちによってアブラハムのふところに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。その金持ちは、ハデスで苦しみながら目を上げると、アブラハムが、はるかかなたに見えた。しかも、そのふところにラザロが見えた。彼は叫んで言った。『父アブラハムよ。私を哀れんで下さい。ラザロが指先を水に浸して私の舌を冷やすように、ラザロをよこしてください。私はこの炎の中で、苦しくてたまりません。』アブラハムは言った。『子よ。思い出してみなさい。あなたは生きている間、良い物を受け、ラザロは生きている間、悪い物を受けていました。しかし、今ここで彼は慰められ、あなたは苦しみもだえているのです。そればかりでなく、私たちとあなたたちの間には、大きな淵があります。ここからそちらへ渡ろうとしても、渡れないし、そこからこちらへ越えて来る事もできないのです。』

神の御言葉である聖書は天国と地獄についてはっきりと述べています。読んだ部分で主は二つの場所について語ります: 天国と地獄・つまり罪の裁きか救いの道。中途半端はありません。カトリック教徒が信じる煉獄はありません。人間が死んだら天国に行く前に煉獄にいるわけがないのです。聖書にはっきりそう示されています。
【1995年4月11日】 神は私達の人生を変える啓示を与えてくれました。私達が神と神の御言葉に出会ったばかりの頃でした。私達は、この啓示を世界中の人々に知らせるように神に選ばれた7人の若者です。それは大きな責務であり、恩恵であります。
この経験は午前10時ごろに始まりました。次の日のピクニックの準備を整えた後、みんなで祈り始め、10時ごろ突然に窓から強く白い光が現れました、この光が現れたとたん、私達は他国語で喋り始め聖霊の洗礼を受けました。
私達はその時の出来事に驚き、また魅せられていました。その栄光に満ちた光は部屋中を照らしていました。 太陽光より数倍強い光だった。その光の中に白い衣を着た多数の天使がいた。その天使達はあまりにも美しく、背が高かく、とても神々しかった。
天使たちの間に、本当に驚くばかりの姿を見かけました。それはある男性の姿でした。彼は特別な存在であり、白いマントと衣を着ていました。彼の髪は黄金の糸のようでした。彼の顔は強く輝いていたからよく見ることができませんでした。そして「王の王、主の主」と彫刻された金の帯が彼の胸を締めていました。純金のサンダルを履いていた彼は誰にも比較できないほど美しかった。その男性を見たとたん、私達は皆ひれ伏しました。

それからは彼の声を聞き始めました。素晴らしく特別な声でした。各言葉は両刃の剣のように私達の心に入り込んだのです。ヘブル書4章12節に書いてある通りでした。彼はシンプルでありながら強力な言葉を述べました。彼ははっきりと私たちにこう言われました:「親愛なる弟子達よ、恐れるな。私はナザレのイエス。私はある恩義を見せるためにここに来た。 あなたたちがその恩義をあらゆる街、あらゆる国、あらゆる場所に伝えて欲しい。私が行くように示す場所にあなたたちは必ず行く。しかし行かないように示した場所にあなたたちは決して行かない。」
神の御言葉である聖書のヨエル書2章28節より:「その後、私は、私の霊を全ての人に注ぐ。あなた方の息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若い男は幻を見る。」神がすべての人のために準備した時代は今であります。
そして、不思議な出来事がありました。部屋の真ん中に岩が現れたのです。その岩に登るように私達は主に言われました。岩は床から20センチぐらい浮かんでいた。突然岩に大きな穴が現れました。黒く恐ろしい空洞や洞窟でした。早速私達は岩の上に上り空洞に入り込みました。私達は地球の真ん中に導かれました。
私達は暗闇の中で恐怖におびえていました! あまりにも恐かったため、私達はイエスに「主よ、その場所に行きたくないです! 私達をここから出してください!」と頼みました。 主は情け深い美声で答えられました。「この経験は重要です。これから見るものを他の人に伝えなければなりません。」
角の形をしたトンネルには、動く影・悪魔・あっちこっち動く異様なものを見かけました。私達はますます深く入って行った。あっという間に、私達は空虚と大な恐怖を感じ始めました。
私たちはある洞窟に着きました。そこには、迷路のような恐ろしいドアが数々ならんでいた。私達はその中に入りたくなかった。その場所の強い悪臭と高温に窒息しそうな気がしました。そこに入ったら恐ろしいもの、とても恐ろしいものを見ました。その場所は全体的に炎で包まれていた。しかも炎の中で何千もの人が燃えていた。その人達は激しい苦痛で苦しんでいた。あまりにも恐ろしい風景だったので誰も見ておられませんでした。
その場所は苦痛により区分されていた。主に見せられた一部分は「大釜の谷」と言う。そこには無数の大きな釜が地面にはめ込まれ、各釜の中に溶岩が燃えていた。そして各釜の中に、地獄に落ちた一人の死人がいた。
そこにいた人達は皆、主を見かけたら次のように叫び始めました、「主よ、私を哀れんでください! 主よ、ここから逃れる機会を与えてください! おお主よ、私をここから救い出していただければ、この場所は本当に存在すると必ず世界中に伝えます!」 しかし、神は彼らの顔を見ようともしなかった。
その場所には無数の男性・女性・若者がいた。すごく苦しんでいる同性愛者とか大酒のみの人も見かけた。その人達は激しい苦痛の中で叫んでいた。
彼らの体の滅び方を見るのは衝撃的な経験だった。彼らの眼窩、口や耳にたくさんのうじが動き回り、体中の皮膚から出入りしていた。聖書のイザヤ書66章24節に書いてある通りだった。「彼らは出て行って、わたしにそむいた者たちのしかばねを見る。そのうじは死なず、その火も消えず、それはすべての人に、忌みきらわれる。」マルコ9章48節より「地獄では、彼らを食ううじは、尽きることがなく、火も消えることはない。」
私達は目の前でそれを見て怯えました。炎は3〜4メートルぐらいの高さだった。各炎の中に地獄に落ちた人間が燃えていた。
 主はある釜の中にいる男性を私達に見せました。彼の顔の肉はばらばらと落ちていた。彼は一心に主を見つめていた。そして、いきなりイエスの名を大声で叫び始めた。「主よ、私を哀れんでください! 主よ、もう一つだけのチャンスを与えてください! 私をここから出してください!」と彼はせがんだ。しかし、主イエスは彼の顔を見られませんでした。イエスは単に彼に背を向けられました。そうすると、その男性は主をののしり始めた。そんな彼の名はジョン・レノン、「ザ・ビートルズ」という悪魔崇拝ミュージックバンドの一員であった。ジョン・レノンは生涯主イエスを揶揄した。キリスト教が消滅し、
 イエス・キリストは忘れられると彼は宣言した。しかし、彼は今地獄にいながらイエスは生きている! しかもキリスト教は全く消滅されていない。
その場所をあっちこっち歩き始めると、人々は手を伸ばし哀れみを乞いだ。地獄から助け出されるようにイエスに頼もうとしても、主イエスは彼らに振り向かれなかった。
 私たちは地獄の各部分を通った。そして、地獄一恐ろしい所であり、最高の苦しみがあるという地獄の中心に着いた。人間が表現できないほどの拷問がそこにあった。そこにはイエスと神の御言葉を知っていた人しかいなかった。牧師・伝道師・宣教師などイエスを受け入れ真実を知った人々だった。しかし、彼らは二重生活を送っていた。
もとの悪習に戻った人々もいた。彼らは誰よりの数倍も苦しんでいた。大声で哀れみを乞う、でも、ヘブル書10章26-27節での神の御言葉はこう言う、「もし私たちが、真理の知識を受けて後、ことさらに罪を犯し続けるならば、罪の為のいけにえは、もはや残されていません。ただ、裁きと、逆らう人たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れながら待つよりほかはないのです。」
彼らは説教をし、断食をし、教会では手を上げながら賛美歌を歌ったが、教会の外では姦淫・不品行・偽り・盗みなどの罪を犯していた。神を偽ることはできません。「多く与えられた者は多く求められ、多く任された者は多く要求される」。(聖書より、ルカ12章48節)
地上ではクリスチャンだった二人の女性を主に見せられました。二人はクリスチャンだったが神にもとづく道義的な人生を送らなかった。「この女め! あんたのせいであたしたちはここにいる! どうしてあたしに聖なる福音書を教えてくれなかったの! どうしてあんたは真実を教えなかったの! あんたのせいで今あたしたちは地獄にいるのよ!」と彼女達は互いに言い合った。地獄には博愛・哀れみ・寛恕の気持ちは存在しないため、憎み合う二人の女性は炎の中で互いにひどい言葉で言い合っていた。
神の御言葉を知りながら汚れた生き方をした数千の人が地獄にいた。「神と地獄の炎を軽んじてはいけない」と主イエスは言われた。それに「我が親愛なる子たちよ、地上の最悪の苦しみは地獄の最も軽い苦しみとは比べ物にならない」と主は言われた。地獄の軽い苦悩は恐ろしいけど、地獄の中心部にいる偽(にせ)クリスチャンの苦悩は更に恐ろしいものである。地上の炎と遊ぶことはできるが、地獄の炎と遊ぶのは無理だとも神は言われた。
 私たちは地獄を歩き続きながら色々の人を主に見せられました。私達はおよそ6種の処罰を見た。あらゆる拷問の方法でたくさんの人を苦しめさせる悪霊も見た。「あなたに神の福音が宣べ伝えられた事を思い出せ。地獄について聞いた時、笑った自分の事を思い出せ」と自分を責めることも恐ろしい処罰である。そういう自分の心は、うじや強力な炎のように彼らを苦しめさせた。それは悪魔(サタン)に従う者の報酬である。
黙示録21章8節より:「おくびょう者、不信仰の者、憎むべき者、人を殺す者、不品行の者、魔術を行なう者、偶像を拝む者、すべて偽りを言う者どもの受ける分は、火と硫黄との燃える池の中にある。これが第二の死である。」
その後、主は6人を殺害した男性を示しました。被害者6人は「あんたのせいで私達はここにいるよ、”あんたのせいで”!」と大声で男性を責め続けた。殺人者は耳をふさいでも、地獄で人間の感覚がするどくなるから被害者達の声から逃れることはできなかった。
そこにいる人間は、聖書にあるラザロと金持ちの話(ルカ16章19節)のように水で満足できないひどい「渇き」で苦しんでいた。水の1滴だけが地獄にいった金持ちの苦しみを和らげることができた。イザヤ書34章9節ではこういう:「エドムの川は樹脂に、その土は硫黄に変わり、その地は燃える樹脂になる。」 地獄ではみんな炎の中にいる。炎の中から水晶のように光る川が見える。彼らが川に行こうとしたら、川が火に変わった。水分たっぷりの果樹もあった。しかし、手を伸ばしたら木の実が火に変わり、悪霊達は彼らをあざ笑った。

それから神は私たちを更に恐ろしい場所へ案内した。私達は硫黄の燃えている火の池を見た。火の池の近くにより小さい火の池があった。小さい池には、主の哀れみを泣き声で懇願する無数の人がいた。彼らは「主よ、お願いです! ちょっとだけでも私達をここから助け出してください! お願いです、ここから出るチャンスを与えてください!!!」とせがんでいた。しかし、彼らは既に裁かれていたから主は彼らを見ようとも為されませんでした。
数百万人の中から、主イエスは火の池に溺れそうな男性を指しました。私達は主の意志で彼の考えを聞く事が出来ました。彼の名はマルコ。マルコが頭の中で自分に言っていたことに私達は驚いた。次の考えを聞くことにより重大な訓戒を受けた:「あなたたちの立場にいる為なら私はなんでもする! 1秒だけでも地上に戻れるように何でもする。世界一不幸な者になっても、世界一病弱な者になっても、世界一嫌われ者や世界一の貧乏人になってもかまわない! 地上に戻るためなら何でも出来る! 1秒だけでも。」主イエスは私の手を握っていました。イエスは次のようにマルコに答えられました:「マルコ、何のために1秒だけでも地上に戻りたいのか?」苦痛あふれる泣き声でマルコはイエスに「主よ!ただ自分の罪を悔い改めて救われるために1秒だけでも地上に戻るためなら私は何でもする」と言った。
マルコがそう言うと、主イエスの傷口が出血し始めた。イエスは涙を浮かべながら「マルコ、もう手遅れだ! 君の下にはうじが敷かれ、虫けらがあなたのおおいとなる」(イザヤ書14章11節)と答えられると、マルコは永久に火の池に沈んだ。残念ながら、地獄にいる人間には希望がない。地上にいる者だけに、未だに罪を悔い改めためる事により主イエスと共に天国に行く機会があるのです。       ☆さらに続きます。


☆主の導きに従って検索していたら、この文が出てきました。
あまりにも強烈ですが、御言葉の全くその通りです。つまり御言葉に従って、その通りを行わなければ、裁かれるのです。これらの文はエターナル・ライフの地獄の啓示とも一致しています。
神は愛であられ、今のほんの少しの時を悔い改めのチャンスを与えておられます。今が最後のチャンスです。今なら真剣に悔い改めるなら、主は許して下さいます。
ヨハネ1:9 もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、全ての悪から私たちをきよめてくださいます。10 もし、罪を犯してはいないと言うなら、私たちは神を偽り者とするのです。神の御言葉は私たちの内にありません。1 私の子どもたち。私がこれらの事を書き送るのは、あなた方が罪を犯さないようになるためです。もしだれかが罪を犯したなら、私たちには、御父の御前で弁護してくださる方があります。それは、義なるイエス・キリストです。2 この方こそ、私たちの罪のための、・・私たちの罪だけでなく全世界のための、・・なだめの供え物なのです。

最後にイエス様のお名前によって祈ります。を必ず言って下さい。

10.7.11日  
      信仰の言葉ミニストリーズ faith_hoshino